2019年9月7日(土)・8日(日)
- 台北最後の朝
- 朝の萬華
- 青草巷
- 龍山寺
- 新富市場(東三水街市場)
- 剝皮寮歷史街區
- 西門界隈
- 台北天后宮とお向かいの「南美珈琲」
- 「美而美」の三明治
- 西門から台北車站付近まで(中山堂・台湾省城隍廟)
- 迪化街
台北最後の朝
台北最後の朝。次にここで朝を迎えられるのはいつだろう。

土曜の朝。ホテル前に人通りはそんなにない。

8時半に外へ。チェックアウトの12時まで、この近辺をぶらぶらしようと思う。

地下街は通らず地上をMRT台北站まで。

飲食店の多かった横路地、懐寧街。この辺でも朝ごはんを食べてみたいものです。

さて、MRT。
保線区車両が紹介されている。

今日は紅線ではなく藍線にて。やってきたのは龍山寺站。

朝の萬華
久しぶりに来たなぁ、龍山寺。

廟とはいえ私には大きすぎて、観光客もてんこ盛りだろうし行かなくてもいいかなとも思ったのだけれど、上書きもしておきたかった。それに、龍山寺周辺の風情が趣深いことに気づいておきながらあの時はそんな寄り道できなかったから。
わんわんやお年寄りがのんびりしているのは廟周辺の佇まいだけれど、龍山寺前は特に目立つ気がする。



龍山寺前には艋舺公園というお寺敷地よりも広い公園エリアがあって、そのどちらかの縁を通ってお寺に向かう。

とりあえず駅から向かって右手側の縁を歩く。
横路地、三水街。食堂多し。

廣州街。

まだ龍山寺へは行かず、そのまままっすぐ西昌街というところに入ったら、なんとも言えない落ち着く風情。

右手には艋舺地蔵王廟。

青草巷
左手には、「青草」と書いてあるお店がたくさん並んでいた。

特にこの「青草巷」は文字通り「青草」が溢れた屋根付きの細い路地だった。
漢方薬街とも違う緑さ、でも「ハーブ」と呼ぶとちょっとオシャレすぎてしっくり来ない、だからといって八百屋さんでもなく野菜市場でもない雰囲気、青々とした草がてんこ盛りの細い路地。薬効のある(ありそうな)青い葉物がこんなにもたくさんあるなんて。






青草店の前には青草茶を売る屋台がいくつかあって、その中の一軒で青草茶を買った。甘くしてあって飲みやすい。



通りの奥の方にはない。本当にこの一角だけだった。



こういう一品集中主義の通りが好きで、日本でも道具街やらもんじゃストリートやら好きで巡っているので儲けもの。

龍山寺
安心して龍山寺へ。

関連記事 龍山寺に来たのは2010年でした。


団体さんが多い。日本の学生らしき団体もいた。修学旅行にしては大きくて大学生っぽかった。研修旅行か何かかな。

門の中へ。

廟を囲む壁に沿ってたくさんの人が立ち並び何かを詠じていた。






満足し退出。
廟前の公園。


向こうが、さっき横目に通り過ぎた三水街。

お菓子屋さんがあった。

アンクークエ(紅亀粿)があるぞ!買うわけじゃないから近づいて写真撮る勇気なかったけど・・・。(東南アジアで見るものより一回り大きかった。)
関連記事 アンクークエ、コロナ禍後の再訪では購入した。

距離は短いけれど食堂の多い三水街。

新富市場(東三水街市場)
この通り自体にも惹かれていたのにさらにその先にはアーケード市場があった。こりゃ嬉しい!

新富市場アンド東三水街市場というそうだ。

さっそく入るに決まってるじゃないですか。





ときどきお店が切れて横路地が見えると実に良い。

昔ながらの古早な市場のようでいて、ちゃんとイラストが描いてあったり。


どひゃー!美味しそう!

市場には美味しいが溢れる。


にゃんこは市場の花。



アーケード市場街を出たると昆明街に出た。奥の方、南寧路越しに見える街並みがショップハウス的で好ましい。

昆明街もまた、好ましい。
レンガの壁に、植物。

目の前に味わい深い雑居ビル。

もう一度、市場を引き返す。
この八百屋さんは賑わっていたなぁ。

このお父さんはタブレットで日本語のカラオケを練習していた。(誰の歌だったかなぁ。女性の演歌だったんだけど、忘れてしまった。)

お店が切れたところから、横路地。

この路地の口にあったのは日式お寿司屋さんだった。手前にはつぼ漬!

「鶴寿司」というお店。看板の古さに、長く続いている感。
ショーケースの後ろではお母さんが太巻きを作っていた。


また、横路地。

そんな横路地の一本を歩いていってみたら、大通りに出た。

剝皮寮歷史街區
大通りの廣州街。ショップハウスにも似た軒廊(騎楼)のある建物が美しく並んでいた。

目の前にはなんだか年季が入った建物。

こんな街並みは右手にも続いている。

康定路と昆明街に挟まれた一角が歴史的エリアだったようだ。


広い軒廊がある。原始ショップハウスといった趣。



草も根を下ろして・・・。

ここは剝皮寮歷史街區という歴史保存地区だそう。
こういうキャラを置いちゃうのが台湾ね。(しかもなんとなく小丸子オマージュ。)



康定路173巷という路地が真ん中を走りタイムスリップ感。


これはいいですね・・・。


展示館のような建物があり入ってみると、さっき歩いた新富市場のミニチュアが展示されていた。


それも、実在のお店が再現されている。

さっき見たぞこのお店、というのもあった。





ではまた市場に戻りましょう。

横路地の横路地。
ランタンがいっぱい、廟かな?と思ったけれど祠も兼ねた集会所のようで中ではおとっさんたちが何かボードゲームに興じていた。

市場に復帰。



三水街を駅へ戻る。


駅の構内に下りていく前に交差点の向こう、内山公路沿いに見えた廟。台湾は廟の宝石箱やぁ~!
廟前の通りには「熱海」の看板が。

龍山寺站構内、また可愛らしい・・・。

西門界隈
一駅お隣、西門站下車。

駅の構内にパネルが。

日本統治時代の名残か・・・西本願寺の臺灣別院。

これも日系の百貨店だったらしい、菊元百貨店。

日本統治を肯定・正当化するわけではないけれど、歴史の一つとして記憶に留めてくれている台湾の人々の未来志向に感謝するのでした。

西門といえば西門紅楼。


紅楼前から見る西門は現代的繁華街。

台北天后宮とお向かいの「南美珈琲」

道路を渡って行ってみる。広い通りだけれど手前の両脇の交差点のお陰でふっと車が途切れる瞬間があった。
以前も一度入ったことがある。やっとじっくり見られる。

間口は狭かったけれど中は広い。

天上聖母さま。

この時は本堂内に大勢の女性たちがいて、日本でいう御詠歌のような歌が詠じられていた。
そうそう、前回来た時も、頭上を埋める美しいランタンたちがとても印象的だった。


ランタンと、御詠歌のような経文。美しい。

弘法大師・・・!?日本全国至る所に足跡のあるお大師さん、台湾にも。
横の碑文にも「弘法寺」や「日本」など日本統治時代のゆかりが窺える。



ここにもいらした弘法大師様。
統治が終わって戦犯として葬られるのではなくこうして引き続き祀られていることに、また台湾の人々への感謝の念が浮かぶのでした。

KO BO DAI SHI。


聚宝炉(でいいのかな?)があった。

美しい刺繍。廟會で使うのかな?

天后宮を出たら向かいにいい感じのカフェが2軒並んでいた。

その向かって右手の南美珈琲で休んだ。(多分左手の方が人気の老舗だったっぽいけど、こちらのお店も混んでいた。)



一休みして歩き出す。
漢中街で見かけた日本食屋さん。

長沙街二段沿いにあった味わい深い集合住宅。


その建物の前辺りから横路地の奥に見えた廟。

廟の宝石箱やぁ~な台湾だけれどこの頃はちょっと足が痛かったので無理はしなかった。とはいえ昨晩買ったシューズのお陰でだいぶ歩けるようになっていたんだけど。(暑かったってのもある。)
でもこうして写真を振り返るとやっぱり近くまで行って見ておきたかったと心残りが蘇る。

「鍋の物」。西寧南路という通りを南下する。


台北法華寺というお寺があった。日本の墓石で見慣れた南無妙法蓮華経の字体。


百度石。とても日本。

法華宗のお寺、とのことだ。

その近くにこんなカフェが。(閉まっていたけれど。)

妙に懐かしい街並み。台湾なのに、どうもこの西門・萬華あたりは日本の気配が他より感じられる気がする。
よく見たらあの看板跡には「百事可楽」の文字が見える。

「西門」という地域の名前も日本統治時代のものらしい。


海外の街では地元らしいスーパーに入り、ごく普通の日常を垣間見るのが楽しいのだけれど、どうも一昨日から自分の行く先々や泊まっているエリアではそんなスーパーに出会えなかった。

・・・「いらっしゃいませ」が内側に貼ってあるけどいいのか・・・。

でもここも特に台湾らしい食材がたくさんある、というわけではなかった。台湾は外食が非常に盛んだというし、食材が欲しければ街々のお店の方が豊富かもしれない。
少しだけあるにはあるけれど持って帰れないなぁ。


こうなるともう完全な土産物だし。
でもこの牛軋糖たち、ほんと美味しいしハマる。パイナップルケーキより私はこっちだなぁ。塩味クラッカーにほの甘いミルクのヌガーってのがいい。

特に買いたいものも見つからず外へ出る。

西門站に行くにはまた西寧南路を戻らねばならないのだけれどそれではちょっと寂しいのでわざと横路地に入り込む。


「美而美」の三明治
といってもまた大通りに戻ってきてしまうのだけれど、ふと目に入った「美而美」。

店先でパテや卵を焼いてくれる三明治屋さんは街のあちこちで見るけれどこれまで入ったことはなかった。
中でもよく見るお店、「美而美」。

一度食べてみたかった・・・。
出来合いが並んでおらず何が挟まっているかわからなくて、「総」の文字に決め打ちでこれにした。

ちなみに2つで1セットとのことで40ドルだった。
いろんなものが焼かれ始めた。

お店の坊やがおままごとセットの野菜を切っている。

ハンバーガーを作りおばあちゃん(かな?お若いが)に持っていくのだけれど、ちゃんと代金を請求していて微笑まし過ぎた。

というわけで出来上がり。

うっま!なんだこのパテ!!しっかりした味付け。ほのかにピリっとスパイスも効いている。

西門から台北車站付近まで(中山堂・台湾省城隍廟)
サンドウィッチ屋さんの先で交差する長沙街二段。

西本願寺跡。

Wikipedia先生によれば戦後は廃寺となっていたそうで、さらには1975年に焼失してしまったらしい。

でもここは台北市によって、史跡として整備・保存されている。
復元された鐘楼。


ではまた大通りに戻りましょう。

路地や建物を眺めながら。




西門站近くで。「口渇了嗎?」と訊かれた上に「來一杯純蜂蜜」、おまけに今流行りのタピオカ!と色めきたったら閉まってた。

説明板読んだんだけれど、詳細忘れちゃったな。ググると「意在台北」という作品らしい。座っているのは清朝末期に台湾の責任者だった劉銘傳という人らしい。立っているのは建築家。都市計画の図らしい。(でもコーヒーショップの紙カップみたいなの持ってる。)
この像についてググって見つけられる日本語の情報はほとんどが右端の2人の銅像について。今どきの若者風カップルがセルフィー撮ってる像。

西門站の上、大きな交差点。

中山堂から台湾省城隍廟へ
交差点を渡り西門站を越えて、行ってみたのは中山堂。

中山堂前は広場になっている。


お隣の建物は警察局だそう。

・・・「抗日戦争勝利」と書いてある。どんなに日本人に優しく日本人に親しんでくれていたとしても、東・東南アジアの華人の方々の記憶や心の奥底にあるかもしれない「日本人」というものをいつも思う。


中山堂から永綏街という短い横路地を歩き博愛路へ。
派手な外観のお店があった。

あら、可愛い。4Fにはカラオケ教室か?

新光三越の方角へ。

あらあら、赤いランタンの素敵な通りに出ましたよ。

武昌街一段という通りだった。

ブレたけど、美味しそうな総菜屋さん。

途中、市場のような横路地。

そして道路の反対側には市場が口を開けていた。

「城中市場」というらしい。
今回はちょっと先を急いでいたので入らなかった。また次回、ぜひ歩きたい。

さらに先へ進む。

廟がある。
台湾省城隍廟というそうだ。

ここも参拝客が多い。



もうすぐ11時半。チェックアウトは12時だ。


ちょっと横を覗けば愛らしい横路地。


さて、部屋に戻るとすぐに「あと30分ですよ」と電話が来たのでもうまとめておいた荷物を持ってチェックアウトした。

ずいぶん歩いた直後だったので少し休むことにした。ホテルのはす向かいにあった「GOLDFEE」というカフェ。





さて足も休まり外へ。台北車站前から遠くに見えるのはかつての台北府城の北門。

と、その北門を眺めている時左側の建物に見覚えのある文字。

「三代」・・・以前西門站前にあったこのお店で初めて魯肉飯を食べてその美味しさに感動したことを思い出した・・・。

しかし先を急ぐ。もう台北で過ごせる時間はあと半日だ。

家族連れフレンドリーの車両だったらしい。

迪化街
橘線の大橋頭站で下車。

地上に出たら頭上を高速も走る賑やかな大通りだった。
でも一歩入ると静かな裏通り。

延平北路二段247巷という通りは市場通りだった。

今地図を見返しても市場の文字は見当たらない。








延平北路に出て小学校脇を歩いていくと古い病院に出くわした。「仁安醫院」。


そこで左折し涼州街。

横路地。

廟の気配がする。

地図にもあるのに見つからない。

甘州街という路地に入る。

やっと大稲埕慈聖宮天上聖母というその廟の屋根が見えた。入り口はどこだったんだろう?


またその先に、廟の気配。

その前に、ミッションスクールの気配。

行列のできるお店。どこに入っても大抵美味しい台湾で行列ってどんだけ美味しいのかと思う。

その先に、牌楼。



この時もう右手に行けば迪化街が広がっていたんだな。

でも私は廟を見に行くことにした。ランタンも続いているし。

普願宮という廟だった。


普段から黄色い旗を並べているんだろうか。でも門前がド派手だし、廟會があるのかな。

ここでようやく右手に進路を変えた。

個性的なあなたのバンダイ?

この通りはずっと普願宮の参道のようでずっとランタンが続いていた。



道路を渡って歸綏街へ。

騎楼ににゃんこ。


乾物屋さんが多くなってきた。迪化街に近づいている。







漢方薬屋さんではネズミを捕ってくれる猫は大事にされてるって以前岩合さんのネコ歩きで聞いた。


この子の写真を撮っていたらお店の人が名前を呼んだ。「~チャン」って呼んでた。確かユキチャンだったと思う。

迪化街一段に到着。本当はもっと北から続いていたようだったけれど、迪化街の真ん中に横っ腹から入った形になった。次回は全部歩いてみたいね。


迪化街一段を南下。

日本でもこんなレトロ見ないぞってくらいレトロな日本の商品。

カラーわんこ。

猫も犬も大事にされているね。

騎楼(亭仔脚)完備のレトロな街並み。

ただよう漢方薬の香り。このお店でKさんリクエストの四神湯の素を見つけた。



合勝堂という建物には「雙城故事」というドラマのゆかりの品々が飾ってあったらしい、多分。違うのかな。

その隣にオリンパスプラザ。開いてなかった。


結構車も通る路地だけれどときどき渡って外側から建物を眺めてみる。













嗚呼猫様そんなところに。



猫様にカメラを向ける私をお店の奥様がニコニコと見守ってくれていた。

猫様のお店のはす向かいには、台北霞海城隍廟という廟。

その向こうにある建物は大稻埕戲苑というらしい。
この辺りをもって迪化街は終わるようだった。なんとなく南の方に雨雲が。遠雷も聴こえて慌てる。でもちょっと休めるようなカフェがすぐ近くには見当たらなかった。
関連記事 迪化街は2024年に再訪。

迪化街一段46巷という横路地には「こっちにもこんな建物があるよ」という案内があった。

行ってみようか。

ギャラリーやカフェがちらほらとあった。

横路地を覗きながら。



この先で大通りの西寧北路に出た。
西寧北路の横路地。奥に高架が見える。あの向こうは淡水河のはずだ。

貴徳街という細い路地、こっちは左手側。

右手側。こっちに行ってみる。

路地裏の雰囲気を存分に吸い込みながら。

緑が根差した建物大好物です。

貴徳街はやがて大きな交差点に突き当たって終わった。

民生西路。

ひと際大通りの環河北路一段。その向こうには淡水河が。

行ってみた。

大稻埕碼頭廣場という公園になっていた。
唐山帆船造景というオブジェ。

この目がついたような船。淡水の漁船も目がついていたな。

19世紀末頃と書いてあった。


空が広い・・・歩き疲れたし、しばしここで休もう。

何か、ツアーかな。
