あの日、海の向こうで

1日分を1ページに押し込む旅日記。画像大量。

サンダカン市内観光とセピロックのオランウータン

2006年11月22日(水)

コタキナバル~サンダカン

日の出前、遠浅の湾。

今朝はもう起こさずに発つことは昨日から伝えてあったので、静かにおいとまする。

短期滞在も可能なコンド。

お隣のプロムナードホテルまで歩く。

そしてホテルからタクシーに乗る。サバ州鉄道の線路の脇を通った。

一瞬蒸気機関車の蒸気のようなモクモクも見えたような気がした。

一昨日はちゃんと見なかったコタキナバル国際空港内部。

今は確かもうリノベされたんでしたよね。

チエシクイソ。もうこの表示もないんだろうな。

この時もリノベ中で使われていないスペースとか結構あったと思う。

使われていないチェックインカウンターで寛ぐにゃんこたち。

どうやら私の便は遅れるらしい。

バウチャー。

バウチャーはとりあえずクロワッサンになった。

私たちの翼は到着していた。今のLCCみたいにものの10分もすれば搭乗開始・・・なんてことは当時まだない。

ロイヤルブルネイも今は塗装変わっちゃいましたね。

搭乗待合室。日本人ビジネスマンを一人見かけた。

離陸。海の色に感激した。

サンゴ礁をまとった島にも感激した。

そして豊かなボルネオの緑と蛇行する河にも感動した。

そしてサンダカン到着。

サンダカン市内観光

到着が遅れてしまったが、この日参加を決めていた現地ツアーのガイドさんとちゃんと合流できた。

まずはバスで普済寺Puu Jih Shih Templeへ。

サンダカンの西郊、スールー海を見下ろす山にある。

2023.01.06追記

後でも触れていますが正確にはここはまだスールー海に繋がる湾。

サンダカン市街地はこの繁みの向こう。

この街を選んだのはひとえに「サンダカン八番娼館」ゆかりの地へ来たかったから・・・。

今でもなお、あんなに泣いたのは後にも先にもあの本だけだ。

その本で知った、日本からこんなに遠い遠い異国の地で明日をも知れない命を紡いでいた女性たち・・・そんな過去を持つ、そして気高い在野の哲学を心に持つ一人のお母さんにこれでもかというほど心を打たれたのでした。

彼女たちも見つめていたであろうスールー海はきっと当時と同じ色だ。(正確にはここはスールー海に繋がる入り江だけど・・・。)

バスに戻り、寺院を後にする。

みんなカップルやコンビで参加していて、ぼっちは私だけ。英語に自信なかったから別にいいんだけども・・・。

次に訪れたのは聖マイケル天使教会Church of St. Michael & All Angels。

こちらは学校だったかな。

市街地に程近い高台にあった。

下校時刻の子供たち。

さて、バスは市街地を通り越して東の郊外へ。

途中で見えたサンダカン地区モスクMasjid Daerah Sandakan。

カンポン・ブリシムシムの水上集落

バスを降りたのはカンポンブリシムシムKampung Buli Sim Sim。結構大規模なカンポンアイル。

何か干してある。

子供たちが屈託なくて本当に可愛かった。あれから10年、大きくなったんだろうな・・・。

マレーシアのご多分に漏れず波打ち際はまあゴミだらけだった。(苦笑)

移動。

ランチはここ。サバホテルサンダカン。

バイキングのランチ。正直何を食べたのかまったく覚えていない。

オーストラリアから来たカップルが相席に誘ってくれて、申し訳ない気分に。(笑)当時はまだ話も弾ませることができなかったしなぁ・・・英会話スキル的に。

セピロック・オランウータンリハビリテーションセンター

さて、バスで30分ほど走りこのツアーのメインイベントであるセピロックSepilokオランウータンリハビリテーションセンターへとやってきた。

私以外の全員が欧米人。彼らの目的は唯一ここだったろうと思われる。

ガイドさん。

森の湿気の中を、オランウータン観察ができるプラットフォームへと歩いてきた。

確かセミの鳴き声が爆音だった気がする。それでも森自体はしーんとしているのがわかる。

私はプラットフォームの混雑を避けて端っこの木道の上にいたので、森から聴こえる物音にいち早く気付くことができた。

まず子供のオランウータンが2頭やってきた。

10年前クオリティのコンデジ(たしかズームは3倍とか)ではこれが限界!

そして、ごはんの時間が始まった。

また2頭楽しそうにやってきた。

到着。

頭を突っ込んで食べる子。

バナナを上手に食べる子。

お猿さんもやってきた。

こっそりお相伴。

帰っていくお猿さん。

目の前で食事の様子が見れた子。

当時も今もあまり野生動物に強い関心があるわけではないけれど、訪問して良かったセピロックだった。わんこと暮らしている今は人間以外の生き物の暮らしが脅かされるようなニュースがとても気にかかるし、腹も立つ。

プラットフォームを後にした。

サンダカンで孤独を託つ夜

また30分走ってサンダカンへ戻る。

最後に、アグネスキースの家のそばの展望台から街を眺めた。

今夜泊まるホテルサンダカンHotel Sandakanのすぐ裏手。

他のツアー参加者はこのまま空港へ帰っていった。私だけホテル前で降ろしてもらった。

この街では結構大きそうなホテルサンダカン。

部屋はまあ普通(ツイン)。

裏庭ビューだった。

フロントの男性がどえらい丁寧で感動した。

おそるおそる外に出てみたものの・・・。

結局何もできずにホテルに戻ってしまった。

なんてもったいない。本当にもったいない。

この頃はまだ本当に夜一人では怖くて出歩けなかった。まして観光客の少ない地方都市では・・・今思えば本当にもったいない、ホテル周辺にホーカーや食堂はあったのだから、怖いなりに近場でいくらでも夕飯を食べることはできたのに。

天井のキブラを見つめながら・・・。

■Flight:MH2042 BKI-SDK

■Stay:Hotel Sandakan

■Books

涸れるほど涙を流した書籍は後にも先にもこの一冊だけかもしれない。貧しい村の幼い少女たちが見知らぬ南洋で明日をも知れぬ命を懸命に紡いだ歴史・・・はもちろんのこと、苦難の人生を生き抜いてきた人間おサキさんの底知れぬ深い人間性に何よりも心を打たれる作品でした。

新装版 サンダカン八番娼館 (文春文庫)

(2016.06.10作成)