あの日、海の向こうで

いにしえのスタイルで海外旅日記と過去の現地採用日記。長文・画像大量。

【アントーン→バンコク】田舎と都会、それぞれのソンクラーン

※店舗・価格等の情報は訪問当時のものですのでご注意下さい。

2019年4月14日(日)

 Songkran

田舎の夏休み・朝

朝ごはん。

黄色い蓋の容器に入っていたのはプラートゥーのナムプリックだった。日本人には無理だよ~とみんな言うけれど美味しい美味しいと食べていたら感心されてしまった。

アントーンのお宅でご馳走になった

庭先の果樹園に散歩に出る。

マンゴー、まだ青い。

わんわんたちは縦横無尽に走り回って遊んでいる。

転がしたヤシの実から芽が。

バナナもたわわ。

コブミカン。

アリジゴクがあちこちに。

ガターイちゃん。

物凄い爆音のセミを写そうとしたけどムリだった。

羽根は透明ではない。

アントーン田舎道ドライブ

従兄弟さん一家が自宅のある地区のタンブンに行くというので一緒に乗せていってもらう。

チャオプラヤ川に再会する。

以前ソンクラーンに来た時もこの黄色い花が満開だったことを思い出す。

タイの国花、ラーチャプルック。

なんでもここは人気のカフェらしい。

遠くに黄金の仏像が見える。

黄金の仏様がまた少し近づいて見える。

神具・仏具屋さんかな。サンプラプーム(精霊の祠)がたくさん。

耕した後の田んぼや畑にはシラサギが来がち・・・なのは日本も同じか。

大通りを逸れて村の道を走る。

素朴なお寺、ワット・ブンクート

到着したのはとある村のお寺。

ワット・ブンクート

ここでは無料でご馳走が振る舞われていた。振る舞うのも村の人、振る舞われるのも村の人でこれも一種のタンブン。Mちゃんのお姉さんもソムタム屋台に参加。

私もアイスをもらった。

コーンとパンで、パンを選ぶ。

人々が本堂の周囲を賑やかに踊りながら回っていた。

ソンクラーンにタンブンだろうか?皆さんそれぞれお金の木を抱えている。これまで貯めてきたタンブンのドネーションを盛大にお寺に奉納するという話を聞いたことがあるので、それかな?

ワット・ブンクートのタンブン

 

本当に楽しげな行進だったから嬉しくなってしまったな。

また屋台に戻る。

パンダンの緑・・・かと思ったら抹茶ミルクだった。

二人でお寺の裏手に来た。

どこにでもわんこのいるタイ。

あの櫓のような建物はなんだったろう。火葬場にも見えるが、わからない。

さらに先へ行くと池があった。お寺で坊さんが魚を養殖しているのだという。ただしお坊さんが食べるのではないそうだ。

少年が二人魚にタンブンに来ていた。

池から戻り、ようやく空席を見つけたので座る。

カオマンガイの屋台。

おねだり猫。

ラオスをテーマにしたカフェ、その名も「The Lao Cafe」

お姉さんのソムタム手伝いが終わり、再び車で移動。

まっすぐ家に帰るのかと思ったら、さっき通りかかったカフェに立ち寄ることになった。

駐車場はいっぱいなので路駐。

カフェの名前は「The Lao Cafe」。

満席なので注文して外で待つ。

ラオスをテーマにしたカフェ、その名も「The Lao Cafe」

外には空席もあったけれど如何せん暑い。

まだできたて間もない、もしくは絶賛拡張中のようだった。

奇跡的に屋内が一席空いたので座る。

ラオスをテーマにしたカフェ、その名も「The Lao Cafe」

テーブルにコーヒー豆を敷き詰めるの、ビエンチャンで見たな。

ないの多いな・・・。

私はカプチーノ

みんなで突っつき合ったトースト。でもプラスチックスプーンは歯が立たなかった。

ラオスをテーマにしたカフェ、その名も「The Lao Cafe」

カフェを出たら、また家とは逆方向に。

クリスタルな輝きの地獄寺、ワット・ムアン

今度は大きなお寺に連れてきてもらった。

さっき見えた金色の大仏だ。

お、あの車はドラえもんだなぁ。

多くの大きなお寺の常、門前市が立っている。

では、お寺へ。

「ワット・ムアン」というお寺。このお寺は日本人の間でも観光地としてちょっと名の知れたお寺。まさか来られるとは思わなかったので嬉しい。

アントーンの地獄寺ワット・ムアン

・・・「名の知れた」と言っても名前まで覚えている人はいないと思う。ただアントーン県に通称「地獄寺」と呼ばれるお寺があることを知っている人はいると思う。実際行った人はなかなかいないかもしれないけど。

なぜ地獄寺なのかは後程わかる。今のところ地獄ではない。

干支・・・かなぁ?

では、本堂へ。

キラキラ!

天井がミラー!!

アントーンの地獄寺ワット・ムアン

アントーンの地獄寺ワット・ムアン キラキラ天井

仏さまもキラキラ!!神々しい(仏様だけど)までの輝き。

小さい子供たちも手を合わせる。タイに根付く自然な信仰の心。

建物の外壁も結構キラキラだった。

さて、裏手へ。

ここが通称地獄寺といわれる所以は、この先にある地獄を模した像を並べた裏庭。

アントーンの地獄寺ワット・ムアン

うーんこれはシンガポールのハウパーヴィラと同じ発想ですね?

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罰をお受けになっている。

アントーンの地獄寺ワット・ムアン

地獄の描写でよく見る棘の木。生前邪淫の罪を犯した人が落とされる「衆合地獄」というらしい。

ブチわんこまで怖いぞ。

地獄と言えば釜茹でである。「叫喚地獄」「大叫喚地獄」というそうだ。

アントーンの地獄寺ワット・ムアン 釜茹での刑

動物になっている・・・?畜生道だろうか。

地獄の向こうには先ほど遠くからも見えた金色の大仏さま。改修中のようでした。

片隅には脱穀機?なんだろう急に民俗資料館みたいになっている。

水牛の頭蓋骨。

再び地獄へ。舌を抜かれている、これは嘘つきですね。最強に痛めつけられる地獄の最終段階、いわゆる「無間地獄」らしい。

こちらも畜生道とかそういう話かな。

そして巨大な餓鬼。

ラーマキエンに出てきそうな王子様。

審判の場。

アントーンの地獄寺ワット・ムアン

これもなんだかラーマキエンの戦いのようだ。

一方こちらは人の戦いのよう。ビルマ軍が攻めて来た際の応戦の像だそうだ。

壮大な地獄叙事詩でした。

楽器の演奏。

タンブン池があったのでパンを買った。

この結構大きくて歪なナマズみたいな魚、タイのどの川(それもお寺などの人の多い川辺)でも見る。

ヤシの実どんぶらこ。

門前市。

サイドミラーに小鳥。なんて鳥だろう、尾羽を広げて踊っていて可愛い。

では、帰ります。

以上、ワット・ムアンでした。

遠ざかる黄金の仏像。

水田の中にあずまやのようなものが見える。どうやらあれもカフェらしい。都会のボーラーンなカフェに続き、新ジャンル「田舎カフェ」?

この交差点はアントーンの中心地。近くにはバスターミナルや大きな市場があるみたいだ。

この辺はまだそんなに川幅は大きくないチャオプラヤ。あの青い屋根は県庁らしい。

外でパーティー?しているお宅があった。

自家製クイティアオ

家に着いたらお昼ごはんにクイティアオが準備されていた。

私も自分の分を茹で体験。

KASHIWAのガスコンロ・・・初めて見たメーカーだなぁ。

私はやっぱり中華麺バミーが好き。

出汁ガラもいっぱい入れてもらう。

昼下がりの居間でみんなが観ていたドラマがインドのドラマだった。タイトルが「อโศก(アソーク)」だったのでなんでだろうとググったら、原題は「Ashoka(アショーカ王)」だった。

アソークの地名の由来がアショーカ王なのか、だとしたらなぜなのかはわからないけれど、ラーマーヤナがかなりそのままに近い形でタイにも伝わっているようにタイとインドの文化の親和性は高い。

バンコクへ帰る

さて、すっかりお世話になって午後2時半。いつかまた来られる日が来るだろうか・・・いつかMちゃんの結婚式にでも、また来られたらいいな。再会を約束して、Mちゃん宅をおいとました。

・・・と手を振って退出してきたもののGoogleマップをセットせねばならないので路肩に停まる。

誰かが助手席に乗っているのもそれはそれで気を遣うけれど、ひとりもやっぱり寂しいものだ。特に外国では。

アユタヤ名物ロティサイマイの屋台が並ぶ。

なんだあれは・・・。

野良ジャンボ機、昔ノンタブリーでも見た。

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ひたすら南下するだけ。常に真ん中の車線を平和的に走ることに徹する。でもこれまでタイで運転していて煽られたりしたことはない。

ナビに従っていたつもりが、上の高速に乗りそびれてしまった。

結局ずっと一般道を走ってしまった。

チャトゥチャックら辺。いついつまでも敬愛される前王様。

ようやくアソーク辺りまで来ました。当然のごとく渋滞している。

沿道では水掛けが行われていた。

サミットタワー前のセブン。前職ではここにもよく行ったものだった。ただしここはセブンイレブンが向かい合っているのでいつも行くわけではない。

身近なソンクラーン

車を駐車場に入れ、ほっと一息。

イカウボーイの辺りでも水掛けしている人たちがいるみたいだ。

交差点のこっち側も。

派手にやってますね。モタサイの兄さんも水鉄砲で武装。

BTSでプンナウィティに帰ってきた。

ロイヌンでもあちこちで水を掛けている人がいたけれど、この時はカメラにスマホの入ったリュックを持っているし、命乞いしながら家まで帰った。一度だけ肩に優しく水を掛けられた。

一旦帰宅したものの、今年が私にとって最後のソンクラーンバンコクソンクラーンをこれまでちゃんとは見ていないかもしれない。(一度友達とサラデーン辺りに行ったけれど、あの年は水不足でアントーンから戻ってからの3日目は政府の自粛勧告によりもうだいぶ騒ぎが収まっていた日だった。)

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シーロムのソンクラーン

というわけで昨日に引き続き防水ケースにスマホを入れ、小銭も濡れないようにして身軽な服装で外に出た。

あ、目が合っちゃった。

頭から掛けられた。

その後もちょくちょく掛けられる。

宅配ピザのおにいさーーーん!!

爽やかな苦笑いが眩し過ぎた。

可愛いお姉ちゃん。

水鉄砲抱えて、この人たちも出陣か。

サイアムで乗り換え中。駅の下も戦闘中のようだ。

というわけでサラデーン駅までやってきた。

駅の真下の様子。特に中に入って参加してみようという気持ちにはならなかった。ただただ眺めているだけで楽しかった。

ずっとガヤガヤしている中で、ときどきひときわ大きい雄叫びのうねりがどこからか聞こえてきた。

シーロムのソンクラーン

シーロムのソンクラーン

駅の構内から階段に下りてみてびっくりした。シーロム通りは歩行者天国になっていて、雄叫びの発信源はここを行軍する水鉄砲の大群だった。

こんなにもムスカ大佐のあの名言がぴったり来る光景はないね!!

階段にテレビカメラがいたけれど、水鉄砲ソルジャーたちに気づかれて狙われていた。

誰が号令をかけるのか、ときどき雄叫びがあがる。

ATMが養生されている。銀行さんも大変だ・・・。

動画なんか撮っていると見つかったら狙撃されるから大変だ。

階段にいる人と撃ち合いに。どっちかというと階段側の人がルール違反ねこれ。

結局サラデーン駅から出ることなく、あまりの人に圧倒され、満足して帰途についた。

サイアムで乗り換え待ち。夕陽が美しい・・・。

疲れもあって、帰宅して休んだ。最後のソンクラーン、アントーンにも行けて、Mちゃんの実家にもご挨拶できて、さらにはバンコクのお祭りソンクラーンも見られて本当に良かった。

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