2024年5月5日(土)・6日(日)①
朝食を求めて彷徨う
朝、昨日の大雨のニュースを見たら東部はえらいことになっていた。


今年最初の紅色暴雨警告だったそう。いや終日えらい目に遭いました。

だが、最終日の今日はよく晴れた。晴天の香港、初めまして。

チェックアウトし、荷物を預けて晴天の下行動開始。

昨日と同じく、何棟も並んだ高層住宅の下層階の商店街を通り抜けて荃灣站まで。それぞれが屋根続きなため大変便利。


日本でも、高度経済成長期にできた公団住宅の1階は下駄履きの商業区画が多い。そういうところに漂う昭和40年代頃の気配に通じるものがここにもある。

素食「の」家。今回の旅を通じて安定の「の」目撃率だった。


日本の柿。



こうして駅まで渡り廊下のように繋がっている。

MRTで油麻地站まで来た。田舎者なので都会っぷりにクラクラする。


東南アジアで味千拉麺に出会うと嬉しい。香港でも出会えた。

竹の足場を観察する。


新しいビルの間に健気に立つ年季の入ったビルを観察する。


シンガポールの肉干の有名店美珍香目撃。好きです肉干。


もっと見たかった、張り出し看板。

しょっちゅう見かける香港賽馬會(ジョッキークラブ)の施設。

香港競馬にはまったく詳しくない自分でも知っている、ゴールデンシックスティとロマンチックウォリアーは歴史的名馬。

ネイザン・ロードを北上し、こちらの飲茶レストラン(倫敦大酒楼)を覗いてみたが満席だった。


都心の安宿、便利そうだ。

女人街は朝の眠り。てっきり女人街は常設のマーケットストリートだと思っていたが、一種の夜市なんですね。

昨日に続き、タイのスーパーBig Cをまた発見。サワッディー。

旺角(モンコック)の駅近くの歩道橋に上がってびっくりした。

そういえばさっきから、この辺りではトゥドゥン(ヒジャブ)を被った女性がずいぶん歩いているなと思っていた。束の間の休日、同郷の仲間を求めて集まるメイドさんたちだった。ビデオ通話か配信か、スマホに何か話しかけている子も多い。

シンガポールでも、日曜にはシティホール駅近くのペニンシュラプラザにはミャンマー人、オーチャードのラッキープラザにはフィリピン人のメイドさんたちが集まっていたことを思い出す。窮屈な雇い主の家を離れ、雨が降っても安心な歩道橋で友人たちと語らう、しんどい異国暮らしの束の間の楽しみだろう。

「最初回の心動接觸」。

都会の真ん中で見かけると嬉しい。綺麗に作られた神台。

竹の足場と張り出し看板。

茶餐廳の朝食
どこも混んでいる飲茶は諦め、茶餐廳に入る。

どこも安定的に似通ったメニューが並ぶ。これぞ大衆食文化の象徴。

夫のオーダーは香港に慣れている方々には当たり前の光景かもしれないが、ハムが2枚載ったマカロニスープは私にはインパクトが強すぎた。

と、目玉焼きにクロワッサン。

私は見た目重視で鮮油菠蘿包というものにした。バターをくわえた表面クッキー生地のパンで、鮮油は溶かしていないバターのことらしい。「菠蘿包」はパイナップルパンの意味だそうで、パイナップルは入っていないから日本のメロンパンと同じ命名事情のようだ。


昨今の為替情勢で香港旅をするには、円換算という概念を捨てるに限る。

旺角界隈を歩く(金魚街など)
朝食後、夫とは後で別の場所で待ち合わせることにして、単騎でうろうろと歩き回った。


歩き出してすぐ、なんだか親しみを感じる光景。ショーケースに並べられているのはスマホ。

先達廣場という商業施設だった。どうやら中古携帯ショップの集合体らしい。(バンコクでいえばMBKのような。)

6s Plusという骨董品並みに古いiPhoneを使っていたのだが、悪いことするつもりはないけれどたとえば電車の中で車窓を撮るなど、シャッター音は出したくないのに消すことができない日本での販売製品は買わずに我慢してはや5年。機会があれば更新したいと思っていたものの、初めての国でこういうお店にチャレンジするのはちょっと・・・。(なお、後日無事バンコクで達成した。)

先ほども通りかかった女人街。やっぱり閉まった屋台ばかり。

インドネシア料理店があった。KAMPUNG KITA・・・我らが故郷とでも呼びましょうか。

店内はインドネシア人らしきお客さんでいっぱいだった。

こちらのワルンも行列だ。

図らずも市場に入り込んだ。

花園街市場 Fa Yuen Street Marketというらしい。

両側に迫る壁。





なんて美味しそうな餅家さん。

金魚街と亀苓膏
さて、金魚街に辿り着きしばしぶらぶらする。

金魚街に並ぶ、「水族」と書かれた淡水魚や熱帯魚を売るお店はほとんどが写真撮影禁止のようだったので、接写はなし。




店頭には色鮮やかな魚の入った袋がぶら下がり、目の保養だった。


その金魚街の近く、「百寶堂」という亀苓膏のお店で一休みする。わかりやすい亀さんと亀ゼリーの看板が張り出している。


亀苓膏のお店定番のこの大きな甕?壺?亀ゼリーだけではなく伝統茶もいただける。


この陶器の良さよ。


座った席の後ろには屋敷神さんの神棚。店内の神棚を拝見できる機会はそうないから嬉しい。

廟外夜市(朝)と油麻地天后廟
さて、金魚街近くの太子(Prince Edward)站から二駅移動し佐敦(Jordan)站。

この辺りは市中心部でも「下町らしさ」が感じられる場所との記述を見かけたので歩いてみることにした。
ここは南京路。

既に若干の盛り場の朝らしい退廃的な空気が感じられる。

廟街(テンプル・ストリート)に出た。

ここは夜には廟街夜市というマーケットの通りになるそうだ。

だが多くの盛り場がそうであるように、朝はただただ爽やかな気だるさが漂っている。

張り出し物干し竿。

最初に見える雲浮は広東省の地名らしい。華人のいるところどこでも見かける同郷会館。


インド系のお店が結構あったな。




先ほど亀ゼリーをいただいた百寶堂さんがここにも。

さっきと同じ、亀と亀苓膏の看板。

牌楼。廟街を出る。(廟街の「廟」がこちら側なので、多分こちら側が表。)

なおも先へ。地図的には北上。

しばらく歩くとこんもりした木立が見えてきた。日本でいえば社叢。

油麻地天后廟。なんだかスペシャルな感じに装飾された大きな花牌が掲げられている。

案内板には日本語もあった。ここ油麻地はかつては船上生活者の船が係留する浅い湾の砂地で、そこに1800年頃からあった海の女神媽祖(天后)を祀った小さな廟がルーツだそうだ。

廟會に登場しそうな美しい・・・なんだろう。櫓かな?

福徳正神さんの神龕、ビルトイン型。

香港らしくドラゴンボート。

華人社会どこでも信仰を集め祀られている媽祖(天后)。

ここの盤香(渦巻線香)は下に灰の受け皿があった。

天后さんのお隣に祀られていたのは包公さんという神様、誠実・清廉で知られた包拯(ほうじょう)」という実在のお役人が神格化されたのだそう。

一つの廟にいろいろな神様が祀られているのは道教廟の常だが、こちらも中央の大きな本堂の脇に別の神様を祀る連合した姿の廟で、天后様の脇の扉をくぐり隣に出ると城隍廟となっていた。


そのお隣は福徳祠。ただ、ウェブ上にある画像を見るとこの「福徳祠」の額の上に「観音古廟」という額も掲げられているのだが、ない。外されてしまった?

左は女神さんに見えるが違う娘娘さんかな。

ご自宅でお馴染み五方五土龍神さん前後地主財神さん牌位の隣に祀られたこれらの像もお名前がわかれば楽しいだろうに、不勉強でわかりません。

観音廟の文字。

天后廟の右側にも観音樓社壇という廟が。こちらも中には煌びやかな観音様が祀られているよう。人が多く覗くに留めた。

そしてその奥に「書院」。かつては廟の運営する私塾・アカデミーであった書院はリノベされ現在は素敵な書店になっているそう。廟じゃなさそうなので入っていいのかわからず行かなかった己の予習の無さの敗北。

退出。

この細かい根は菩提樹?

ところでこちらの大学のサイトでは、天后廟と城隍廟の廟内がVRで閲覧できます。
参考記事
油麻地の門口土地財神と油麻地果欄
天后廟を出た後はなんとなく油麻地の駅を目指しながら、新鎮地街Reclamation Stという通りを歩いて行った。


都心にあり、あのネイザン・ロードも近くながら、この辺りの街並みは心安らぐ。


門口土地財神さん、並ぶ。



とにかく撮りまくりましたね。そんなに通行人が多い通りでもなかったが、すれ違った人はギョっとしたろうか。



丸みを帯びた庇がいい。

さて、この新鎮地街がそろそろ終わる頃、何やら味わい深げな一角が見えてきた。

接近。

ほうほうなるほどなるほど?市場のようだ。

まずは外側から。


くまモン目撃。

道を渡り、軒下を通る。小さなロットが集まった、やはり市場だ。


ドリアン山盛り。東南アジアの旬にはちょっとだけ早い?年中あるのかな。

先ほど通った入り口から、市場内部へ足を踏み入れてみた。ここは油麻地果欄(Yau Ma Tei Wholesale Fruit Market)、Wikipedia先生によると原名は九龍水果批發市場で、通常短く「果欄」と呼ばれているそうだ。

市場自体はお客さんも多くカメラを向けるのは遠慮し、それ以上に気になったのは装テンの隙間から見える建物のファサード。

1913年には市場の原型が成立していたそうだ。(Wikipedia先生情報。)


装飾テントがなかったらさぞや歴史を感じる外観が露呈していたであろう。


窩打老道Waterloo Rd.という大きな道に出た。渡ってから振り返る油麻地果欄。


OLD AND NEW。

そのまま窩打老道Waterloo Rd.を駅を求めて歩く。

あの幟もまた何か地区?団体?のもののようだ。



だがこの通りで職質を二度も見かけてしまった。3月に国家安全条例が施行されたが、来てみれば観光客は実に自由に屈託なく振る舞っている。自分も軽率に街角スナップを撮りまくっていたのでちょっと緊張が走った。(後で夫には指名手配犯でも探してたんだろうと言われ、思い起こせば確かに無差別に声をかけているわけではなかったようだが。)

お引越し門口土地財神さん。

古い柱。


門口土地財神さんを撮りながら。こちらは棺桶屋さんの前。この通りでは何軒か見かけた棺桶屋さん。

とはいえこの被写体ばかり狙うのは我ながら怪しすぎて職質も時間の問題か。



また棺桶屋さんだ。葬儀は「殯儀」というのか。殯の儀。
