あの日、海の向こうで

いにしえのスタイルで海外旅日記と過去の現地採用日記。長文・画像大量。

初・香港彼方此方①(尖沙咀・九龍寨城公園)

※店舗・価格等の情報は訪問当時のものですのでご注意下さい。

2024年5月3日(木)①

尖東 East Tsim Sha Suiへ移動

今日も残念ながら曇天模様の香港。

TVを見ていたら、「ムヒ」のCM。(ところで、生まれた時から身近だと言っても過言ではないムヒだが、このムヒが池田模範堂さんという製薬会社さんの製品だったことを長い人生を生きてきた今初めて知った。)

では本日も元気に出かけましょう。今日は観光+夫思い出の場所巡り。

高層過ぎる住宅を見上げながら移動。

まずは、ダブルデッカーバス初体験。

寶石大廈というバス停からMTRの荃灣西站を目指す。

終点が近くなり、すいてきたので着席。シートのデザインが可愛い。

終点、荃灣西站のバスターミナルに到着。

荃灣西站にはDON DON DONKI(ドンキ)と、その回転寿司屋さん(鮮選寿司)が入っていた。

ではMTRで都心へ。オクトパスOctopusをタッチして通る改札はこのパターンの他にもう少しモダンなデザイン(薄いアクリル)のドアと古風な銀色のバーを推すパターンの2種類を見た。

尖沙咀の東、尖東站(East Tsim Sha Tsui)までやって来た。尖沙咀站とはかなり近い。

シャトレーゼ発見。

駅を出て目に入った日本のつけ麺屋さん。

尖沙咀の細い通りを縫って歩く。

初・茶餐廳の朝食

夫は在香港時代この辺りで働いていたので辺りを懐かしく見渡していた。寶勒巷Prat Avenueでとりあえず目に留まったお店「冰室小菜館 Ice Restaurant」に入ることにした。(最初かき氷のお店かと思ってしまった。)

香港情報を下調べしていて幾度となく見かけ夫にも聞いていたのが「茶餐廳(チャーチャンテン)」。香港の大衆食文化の象徴だそうだ。その名の示す通りお茶と庶民的な「餐」の行える場所としては、マレーシアやシンガポールの茶室・茶餐室(Kedai Kopi)を彷彿とさせる。

参考記事

www.hongkongnavi.com

 

メニューの多さに目移りするが、記述はわかりやすい。

とはいえ、内容がわかってもどのようなビジュアルなのかはわからず・・・オーダーして渡された伝票はこちら。

奥は夫オーダーの沙嗲牛肉湯公仔麺(Satay Beef with Instant Noodles)と腸仔炒滑蛋 及 牛油多士(Scrambled Egg & Sausage & Toast)。手前は私の香煎豬扒湯公仔麺(Pan Fried Pork Chop with Instant Noodles)。朝から凄いものを行ってしまったが、ポークチョップ美味しかったです。そして、輪切りレモンが大量に入ったレモンティーの美味しさが非常に印象深かった。

緊張していたのか写真の構図が悪い。トーストもレモンティーも写っていない。

気になったのは「沙嗲(Satay)」。これは東南アジアで見るあの「サテ」と同じ漢字とスペルのようだが・・・?不思議に思い検索すると、Wikipedia先生のサテのページに香港やマカオで食されるという「サテ麺」という項目があった。

参考記事

ja.wikipedia.org

 

というわけで初めての茶餐廳体験終了。ちなみに2人で77HKD、約1,500円。円安さんさぁ・・・。

見上げると香港らしい大きな看板。でも安全上の理由によりどんどん減ってしまっているそうですね。

近くにあった場外馬券売り場。香港ジョッキークラブの看板がかっこいい。香港はこの小さな国土に100ヶ所以上の場外馬券売り場があるそうだ(JRAのサイトより)。

HSBC尖沙咀支店

今回の旅の大きな目的の一つである、夫の現地銀行口座情報の更新をしにHSBCの尖沙咀支店に来た。もっと早く来る予定がコロナ禍のせいですっかり足止めを食らっていた。

HSBCの日本の支店は海外開設口座を取り扱わなくなっており(HSBC公式サイトのアナウンス)、一度は現地へ出向くように指示を受けていた。今回メンテできたことで今後は大抵のことはネットでできるようになった。

銀行のビルの向かいには大きなモスクがあった。その名もカオルーン・モスク(九龍清真寺)。

ネイザン・ロード(彌敦道)

一番の目的は果たしたので安心して観光へ出かけるべく、バス停または駅を求めネイザン・ロードを歩く。ネイザン・ロードといえば「深夜特急」。あの作品の舞台はこの大通りではなくこの大通りを逸れた裏路地界隈だそうだ。

ところで、今回街を歩いていて毎度気になり毎度撮ってしまったのが、工事現場・建築現場の竹の足場。これだけ摩天楼立ち並ぶ先進的イメージの街で、建築現場だけは不揃いの竹が現場を支えている。

やっぱり違和感ですよね。香港を象徴する事象の一つらしく、検索すれば記事もたくさん見つかる。なるほど安価だし軽いし(香港では地震も起きないそうだし)高温多湿の風土に向いていそう。

参考記事

www.itmedia.co.jp

www.afpbb.com

 

歩いている左手には小高い緑地「九龍公園」があるそうだ。まさに大都会に残った緑、オアシス。(九龍公園は翌日夜通りかかった。)

広い通りの向かいに見えたのは旧九龍英童學校(現古物古蹟辦事處)だそうだ。

街路樹が南国。

尖沙咀警察署の前にいたゆるキャラ。よく見るとお腹に「YAU TSIM」と書いてある。なるほど、油麻地の油と尖沙咀の尖で「油尖(ヤウツィム Yau Tsim)」。さらに旺角(モンコック)を足して油尖旺Yau Tsim Mongというのが、香港を代表する繁華街軍団をまとめた呼称だそう。

頭上でオニカッコウが鳴いたので見上げた画像。だが真っ黒な上に警戒心が強いオニカッコウは、目を凝らしても見えない。あの大音量ながら寂しげな声だけが街に響いていた。(南国の朝・夕暮れの象徴であるオニカッコウ、大好きな鳥。)

室外機、いいね。

そういえば香港ではサイゼリヤを実によく見かけた。

こちらは一階の北海道牛乳蛋糕屋さんもインパクトがある。「厳選された素材」。

新旧高層ビルが延々と連なる。(はま寿司も見えます。)

旺角站から移動開始。ホームでは相変わらず若い女の子たちが駅名表示と記念撮影をしていた。どの表示の脇にも漏れなく女子たちがいるため、このように人がいない駅名はなかなか見つからなかった。

赤松黄大仙祠(黄大仙 ウォンタイシン)

やって来たのは黄大仙(ウォンタイシン Wong Tai Sin)站。

駅を出ると背景に香港お定まりの高層住宅、そして手前には仲見世のような縁起物屋街が見える。

黄大仙祠。Wikipedia先生情報を丸呑みしてしまうと、正式名称は「赤松黄大仙祠」または「嗇色園黄大仙祠」、通称黄大仙祠(ウォンタイシンチ)というそうだ。ご本尊は晋時代の黄初平仙人、さらに観音様や孔子も合祀される、香港でも最も有名な道教廟の一つだそうだ。

夫が過去に訪れた際はここまで混雑していなかったそうで、大勢の参拝客はやはり大陸のメーデー連休の影響だろうか。

これだけ大勢の人の中なら日本人もいそうだ。

嗇色園。色の名前ということではなく、色(欲望や煩悩)を「嗇」する(抑える)という戒め。

境内には本殿に辿り着くまでにいろいろな神様のお堂があり、日本でいう末社・境内社のよう。

みんな大好き干支さんたち。

本殿というか本堂の前には大勢の参拝客。線香の煙立ちのぼる。

線香を掲げお祈りする皆さんの背後には、膝をついてお祈りや筊占いを行う方々のスペース。

本堂を離れると、目の前にガラス張りで金色のありがたそうなお堂が。

馬ちゃんたちがお堂を囲んでいる。

あの赤いお堂は孟香亭というそうだ。皆大歓喜!

浄財。

農暦3月15日(今年は4月23日だったそう)が財神さんの誕生日だそうで、4/20~5/5はそのお祝い期間だった模様。

あなたも財神さんになりきって写真を撮ろう的な。

(その後大勢の方が押し寄せていた。)

月老殿。縁結びの神様である月下老人の廟はどこも人気ですね。

それでは、黄大仙祠を離れましょう。

人気の道教廟を見下ろす暮らしを送る皆様。

うっかり仲見世的な縁起物屋街を覗かずに出てしまった。

異国情緒漂う九龍城界隈、タイの気配と門口土地財神

MTRの構内にて。「豊かな生活 Yutakana Seikatsu」というブランドの育毛剤の広告。はて、こんなメーカーさんあったっけ?と思って「豊かな生活」で検索してもいまいち香港人富裕層の豊かな生活ぶりについての記事しかヒットしない。むしろ「Yutakana Seikatsu」の方が情報にありつけた。

Yutakana Seikatsu

一方こちらは紛れもなく日系の広告。東南アジアどこでも見かけるイオンクレジットさん、香港でも。だいじょうぶ!

さて、下車したのは宋皇臺(Sung Wong Toi)站。長い駅通路に何か掲示があるが、後で拝見することにし先を急ぐ。

地上に出て、歩き出したのは南角道Nam Kok Rdという通りだった。

工事現場の竹の足場がここでもやっぱり気になる。

味わい深い時間色の壁。

お店構えの雰囲気も、さっきまでいた油尖旺地区とはまた違った趣。

これはどうにも私好みのお店ではないですか!

門口土地財神や天官賜福の神棚をはじめとする神具のお店だった。

このようなお店があるくらいだから、ふと足元に目を遣ればやっぱり門口土地財神!

こちらの門口土地財神さんは鮮やかなエメラルドグリーンのタイルの祠。あれ?隣にあるのはシンハービールのケース・・・。

こちらの門口土地財神さんには、タイで願いが叶うとお寺に奉納する雄鶏の像が・・・。

タイレストラン!

植木鉢や植え込みに線香を差すのもタイでよく見た。

あちらにもタイ料理店。

この通りにはタイ料理店が多い。聞けばこの通りだけではなくこの一帯に多いそうだ。

タイの精霊・土地神様は真っ赤な飲み物がお好き。それに近いものを感じる色の濃いお供え物。(お茶?)

こちらもタイ料理店。

柱に天官賜福の神棚。これまで、中国南部の移民にルーツを持つ東南アジアの華人社会のゆかりを台湾で感じて来たが、ここ香港の方がその気配が濃い感じがする。

台湾でもそうだったが、高層住宅の多い町の宿命、中に廟か祠があるようだ。

そして門口土地財神さんも捕捉。

カニのオブジェがとっても既視感な富士水産さん。

あれ、こちらにもリアルなカニ。タイ料理店とカニ屋さんの通りだったか。

建物が市中心部ほど高層過ぎない、古めかしい感じのする街だ。

百貨店。

そんな建物の向こうに唐突にタワマン的な高層住宅があり驚く。

九龍寨城公園

さて、この通りの脇は公園だ。

そういえばあちこちでこの「中華文化節」の広告を見かけた気がする。

公園に入ってみる。

ここは九龍寨城公園、日本風に言えば九龍城址公園。ここがかつての城塞である歴史は古く、遥か宋代に遡るそう。だが、清朝の終焉と共にいわゆる城塞としての役目は終わり、城壁が取り壊されて後に巨大なスラムが形成されたという現代史の姿が有名であろう。いわゆる九龍城砦だ。

※なお日本で見聞きする「クーロン」という発音は中国語由来ではなく旧日本軍占領期由来のピジン言語だとWikipedia先生が教えてくれた。

だがそんな世界に名だたる巨大スラムは取り壊されて久しく、今見られるのは爽やかに明るい市民憩いの公園の姿。

中華庭園。

魚は見当たらなかった。

鄺日修峰Kwong Yat Sau Rockという、牧師さんに関する謂れのある岩だった。園内にはこのような由来のあるボコボコ岩がいくつかあった。

鄺日修峰Kwong Yat Sau Rock

龍津石橋。なんでも旧啓徳空港の辺りにかつて龍津石橋と呼ばれる巨大な石の桟橋があったそうで、そちらは発掘、保全が図られる遺構らしく、これはその龍津石橋にちなんで名づけられた石橋かな?と思う。(違っていたらすみません。)

劉知三峯 Lau Chi Sham Rock。

この形がとてもチャイニーズ。

公園の脇の建物、屋根の形が中国南部的。

そして素朴な盆栽の数々。

よく見ると鉢が可愛らしい。

東南アジアで見るデカ長カタツムリを香港で確認。

一際大きいボコボコ岩、これが最も有名な歸壁石Guibi Rockだそうだ。太湖石という石だそうで、中国の蘇州にある太湖周辺の丘陵から切り出される穴の多い複雑な形の石灰岩・・・とWikipedia先生が教えてくれた。

公園を出たが、こちらが正面というか表門だったようだ。

ここ九龍寨城公園の前身たる九龍城砦のジオラマが展示してあった。香港ナビさんの記事によると、調査や製作には日本人研究者も関わっていたそうだ。

九龍城砦の模型

その背後には九龍城砦内部を描いたアートが掲示されていた。

暮らしの様子の中に見える食堂・理容室・診療所・・・生活を営む要素が高密度で詰まっていたことが伺える。九龍城砦(啓徳空港とセットで)は今もなお憧れる人も多く、撮影機材の進化した今なら、どんな風景が記録され公開されたのだろうと思う。

先ほど横から見えていた中国南部の様式がよく表れた建物。衙府という、城塞時代から残る建物だそうだ。中は公園の管理室と小さな博物館だそうで、行けばよかった・・・。

公園の脇にも容赦なく高層の建物。

結構な大型の建築現場なのに、やっぱり竹の足場。

再び九龍城界隈ちょっと歩き

公園を出る。

無機質な外壁を彩る洗濯物。

シンガポールと同じく、垂直に突き出した物干し竿。建て込む町の姿。

そしてやっぱり気になる竹の足場。

ノウゼンカズラのような大きなオレンジの花がボタボタと落ちていた。

見上げると結構大きな葉の木。火炎木(カエンボク)という樹木らしい。(火炎樹ではない。)

肩肘張らない空気感漂う街角。

さすがタイ料理店の多いお土地柄、門口土地財神さんも両脇を象さんに守られて。

念願の(?)竹の足場の真下を通過。

本当に竹。

その後も撮り回る門口土地財神さん。

こちらは・・・寂しく空き店舗の気配。

竹の足場とネットの養生。大きい。

行列のできていたお店、清真牛肉館。その名の通りムスリム向けハラル料理店。

食料品店の店頭。

タイレストランの店先、植木鉢に掛けられたプアンマーライ(タイの花のお守り)。

ワイ(合掌)をした人形と並ぶ門口土地財神もリボンでおめかし。

この大通りの向こう、あの辺りが啓徳空港跡地だと夫が教えてくれた。

駅へ帰る。

KARAOKEですって。

居酒屋さんがありました。

建築現場、本当に独特。見かけると毎回撮ってしまう。

宋皇臺Sung Wong Toiの駅の中、先ほど通り過ぎた掲示物を見る。この駅を建設している際に大量の陶器が出土したという、そのレポート。宋代からの城塞があったこのエリアには多くの歴史の遺物が眠っているそうだ。

通路をさらに進むと、小さな駅ナカ博物館。

「聖山遺粹」という常設展示のようだ。聖山とは?と思い検索すると、かつて元の侵攻を逃れた宋の皇帝兄弟がこの地に辿り着き小高い丘で休息をとったため、その場所を聖なる山と名付けたとWikipedia先生が教えてくれた。宋皇臺という地名もその故事に由来していた。

なお聖山は旧日本軍によって爆破され啓徳空港になったという喜ばしくない末路を辿っていた。

解体された啓徳空港跡地をはじめとしたこの九龍城地域一帯からの出土品や歴史が紹介されていた。

参考記事

www.discoverhongkong.com

www.info.gov.hk

 

宋皇臺駅からMTRで移動開始。左端の看板は久光製薬のサロンパス。

日本でもおなじみサロンドプロの看板。

 

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