2017年5月6日(土)
国境の駅パダンブサールまで
6時頃、部屋の真下で鳴り響く列車発着のアナウンスで目が覚める。
カーテンを開けると昨日よりいろんな種類の客車が停まっていた。
シャワーを浴びてなんとなく携帯でハジャイ駅からマレーシア国境までの情報をググっていたら、なんと7時半にハジャイを出て国境まで行く列車があると書いてある!
盲点だった。列車って本数が全然なくて、そんなにうまいこと乗れないと思ってた。慌てて荷物をバッグに詰め込みチェックアウトした。
【2021.03.12追記】国境の街として有名なハジャイに来ているというのに、すぐそばにマレーシアがあることに本当に思い至ってなかった。不覚。でも気づいて良かった。
窓口で切符を買う。パダンブサールまで外国人は70バーツ。
住み込みわんわんももう監視業務を開始しているようだ。
ハジャイ駅の駅員さんたちは親切だ。うろうろしているとたいてい話し掛けられる。2番線だと教えられ線路を渡って移動する。
停まっていたのはバンコクの近郊を走っているのと同じタイプのディーゼル車。
おお・・・憧れの「PADANG BESAR」の文字。
駅弁的なものを買った。ジャーキーとカオニャオ(もち米)、それからチキン。
意外にもエアコン完備の車両で、しかも指定席だった。タイ国鉄の一般列車に指定席なんかあると思わず油断した。私は通路側だった。窓際に誰か来たら写真が撮りづらいなと思っていたけれど、結局隣にも誰も来ず、車内はガラガラだった。
駅弁は発車までにかじった。
車掌さんが「Padang na. Padang na」と確認して歩き、定刻通り出発。
ハジャイ駅を出てすぐ、車窓はカンポンと呼んで差し支えないような風景になった。
私は進行方向右側に座っていたが、左側の方が原野感あるようだった。
乗客もいないので、左側の席に座って写真を撮ったりした。
駅がいくつあったか定かではない・・・でも途中で停車したのはここKhlong Ngae駅一駅だけだったと思う。
祀られた木と精霊の祠。
ゴムの林を見ると、南部を感じる。
パダンブサール到着予定は8:25。ほんの1時間の列車旅。もうあと10分くらいで国境、のあたり。ゴムの林に感じるマレー半島。
どうやらパダンブサールの街らしい。
タイ側のパダンブサール(タイ語だとパダンベサー、かな)駅に停車する。
出発。次は終点、国境のパダンブサール駅。
信号なのかわからないけれど国境前で少し停車。
イミグレのある駅舎が見えてきた。(この辺緊張しているのでミラーレスからスマホに換えているなぁ。)
線路と並行する道路ではたくさんのコンテナが通関待ち。
到着!
懐かしい懐かしい、ブルーの駅標。「KTM(マレーシア国鉄)」のロゴが・・・。
下車。タイ国鉄は駅のホームが低いので、マレー鉄道のホームに合わせるための渡し板。
マレーシア入国
下車すると、たまたま私はイミグレ待ちの列の先頭になった。
でも、待てども待てども私たちには先に進む許可が出ない。
そうこうしているうちにマレーシア側から、バタワース始発であろうマレー鉄道の黄色い近郊電車が到着した。じっと待つ私たちはそのまま、マレーシア側から下車した人たちが先に通され、マレーシア側イミグレのマレーシア出国レーンに通された。そして彼らは私たちの見ている前でタイ側のイミグレにそのまま進んだ。
途中でやっと理解したのだけれど、イミグレは「入国用」か「出国用」のどちらにしかできない。私たちが到着した時タイのイミグレは「入国用」になっていた。そこに到着したマレー鉄道の電車の乗客は、私たちが乗ってきたタイ国鉄の折り返しにそのまま乗る人が多いようで待ち時間が少ない。そのまま彼らも「入国用」のイミグレでタイに入国した。
その間、イミグレが「出国用」になるのをひたすら待つ私たち。
マレーシア側から来た人たちが全員いなくなり、タイ側イミグレが「出国用」になるまで結局1時間くらい待たされた。イミグレはすんなり通過。マレーシア側のパダンブサール駅に出た。
並んでいる間に、日本人のバックパッカーご夫婦と話をした。ご主人は会社を早期退職し、現在は悠々自適生活とのこと。バタワースへ向けて旅立って行かれました。
土地鑑も何もないので、マレーシアに向かって右手側に出てみたら、何もなかった。
ヒンドゥー寺院だけがひっそりとあった。
引き返して、今度はマレーシアに向かって左側に出てみることにした。
【2021.03.12追記】この辺、マレーシアでローミングしてしまい1時間ずれてExifがめちゃくちゃに。
ああ、あの山!マレーシア!
駅前には庭園風の何か。
列車以外のイミグレはあっちのようだ。ちゃんと徒歩マークもあって心強い。
この辺、国境越えのバイタクの客引きがうるさい。
駅前から道路を渡り、何か商業施設が。会社の長屋かと思ったら先の方にマーケットらしきものが。
地図を見ると「Bazar Padang Besar」と書いてある。
「タイラクサ」
食堂発見。
LAKSA MALAYはいいとして、LAKSA THAIってなんやねん!もちろんLAKSA MALAYを頼む。アッサムラクサかな♪・・・と期待したら、ないという。なんでやねん!
そして、仕方なくLAKSA THAIにして出てきたのは・・・。
カ ノ ム ジ ー ン。
紛れもないカノムジーンをコピアイスで。
バンコクではカノムジーンを食べると高確率で胃を壊すのでこわごわ食べたけれど大丈夫だった。
パダンブサール、徒歩で国境越え
さて、マレーシアに足跡も残したので帰ります。
マレーシアのナンバーとタイのナンバーが入り混じる。
てくてくとイミグレへ歩いて行く。久しぶりだなぁこの感覚。昔シンガポールとJBの間のコーズウェイもこうして渡れたんだった。
イミグレのお姉さんに「Same dayに帰らなきゃいけないの・・・?」と怪訝な顔をされたので素直に国境を越えて写真を撮りたかったと申し述べた。
スタンプラリー成功!
【2021.03.12追記】ビザランで名高いタイ国境、この頃は陸路での入国は年2回、空路も滞在日数が長くなるとビザなし入国を拒否られるようになっていたタイ、Bビザがあったからこそできたこと・・・今はもう無理です。
後は道なりに、タイを目指す。
バイクはおろか、自転車でふら~っと越えていく人もいる。コンビニ感覚か。
反対側ばっか混んでる。
免税店「ZON」がある。
国境線に沿って10分ほど歩く。
「Terima Kasih」と書いてあって、マレーシアが終わる。
そろそろ国境近いので撮影も気を付ける。撮影禁止という標識はとりあえずなかったと思う。
はい、徒歩で国境越えました!
この先にもバイクの客引きがいっぱい。その中の一人にロックオンされ、別なところに連れていかれそうになる。お世話代とか取られてもいやなので断ってイミグレに普通に並ぼうとしたら、そのおじさんが、イミグレの制服を着て端っこに立って列を監視していた人のところに私を連れていき「Supervisor!」と言って引き渡してしまった。
意味が分からない・・・そのスーパーバイザーさんの別室に行き、日帰りの理由を聞かれ、ワーパミも出せと言われ、余計面倒なことになったなと思いながらも、スタンプを貰って結果的には長いqueueをスキップできてしまった。
イミグレを出るとおじさんが待ち構えていた。ってかこの人なんで簡単にイミグレ出入りできてんの!?
50バーツでロットゥー乗り場に行ってくれるそうで、もうやぶれかぶれで従った。
まったくの白タク、おまけにノーヘル。国境は謎だらけだ。
なんの問題もなく、5分くらいでハジャイ行きのロットゥー乗り場に連れてきてもらった。ありがとうございま・・・す・・・(怪訝)。
途中検問もあって、シートベルトを締めるように言われたり。
ハジャイにもロットゥーステーションがあったんだな。駅からちょっと離れていた。
ロットゥーはバスステーションだけではなく、行きたいところまで行ってくれた。途中でほとんどみんな降りてしまい、ハジャイ駅まで乗ってきたのは2人だった。
トイレ、5バーツ。
もうホテルはチェックアウトしてしまっているし、さすらうしかない・・・。
昨夜に比べて、日中の駅前はお店がたくさん開いていて明るい。
また、昨日夜歩いた辺りに行ってみた。
サミラービーチ
昨日屋台街があった辺りからモタサイに乗った。ハジャイのモタサイのベストは赤なんだね。
時計塔のロットゥー乗り場があるというのでそこに向かってもらった。そこでうまくロットゥーが見つかれば、ソンクラー市のサミラービーチというところに行ってみようと思っていた。なんて話していたらモタサイのおじさんが「500バーツで往復するぞ」と言う。冗談かと思ったら本気だったようで焦ってしまった。車で1時間の距離をバイクとか。
無事下車し、時計塔。
時計塔の脇に停まっていたロットゥーに「ソンクラー」と書いてあり、客引きの人に尋ねたらサミラービーチへも行くという。
乗った。ぶら下がった張り紙には34バーツ云々と書いてある。走行中に運転手さんから小さなバスケットが回ってきて、みんなそれぞれ34バーツを入れて後ろに回していった。
ハジャイ市内は結構混んでいたけれど、一旦ハジャイを出てしまえばビュンビュン飛ばす。
この平原の向こうにはソンクラー湖があるのかな。
ソンクラー市。ここがソンクラー県の県庁所在地らしい。
途中、立派なバスターミナルにも寄った。
サミラービーチまで来たのは私一人だった。
ビーチ到着、はやる気持ちを抑えてまずはそこにあった食堂に入る。
この旅初のビール。
メニューを開くと、海辺の街あるあるでどれも1ポーションが大きそう、お値段も結構張る。一品料理で海鮮餡かけ揚げ麺的なメニューがあったのでそれにしてみた。
揚げ麺・・・?
最初白身魚のフライでも来てしまったかと思ったけれど、これは衣だけだった。Noodleというか・・・小麦粉生地の堅揚げかな?でもとても美味しかった。
食後、いよいよビーチへ。ムスリムの方々が多い。
砂浜が広い。
あずまや。
お馬さん待機。
ムスリムの女の子たちが群がっているこの人魚の像がサミラービーチのシンボルらしい。
セルフィーの順番待ちの合間をパチリ。
少し砂浜を歩いてみる。
打ち上げられている貝殻が、よく見るととてもきれい。
お馬さんが歩いて行った。
ビーチを後にする。
お馬さんのたまり場があった。
その奥に、猫とネズミの像。
ムスリムの女の子たちがいっぱい降りてきた。
シーロー(ソンクラーでもシーローって呼ぶのかな)が客待ちしていた。話し掛けたらロットゥー乗り場まで40バーツで行ってくれるという。1人だというとおじさんは(高くて)申し訳ない、というような顔をしていた。全然ですよ!先週のチェンマイなんてもう(涙)。
うーん、素敵。
てっきりさっきの立派なバスターミナルかと思ったら、なんでもない道端だった。すぐにロットゥーに案内され、乗り込んだ。
Wat Saketというお寺の手前。
出発。
そういえばこのロットゥー、新しい。最後尾の座席もちゃんと独立している。(普通のヤツは最後尾だけ座面が狭かったりしてキツい。)
ちょくちょく停車しお客さんを乗せていたら満車に。
夜行列車を待つ
途中、がっつり寝た。1時間の後にハジャイ到着。どこで降りるか運転手さんに聞かれ、隣の美人なムスリムの女の子が代わりに答えてくれた。彼女と同じKim Yongショッピングセンターということろで降りた。
マーケットのよう。ラマダンも近い、デーツがあちこちで売られている。
乾物屋さんも。
また、夜マーケットのように賑わう通りに行こうと思った。
街並みを眺めながら歩く。
その、目指していた通りの一本手前のNipatuthit 3通りに、ナイトマーケットの設営が始まっているのに気づいた。毎週土曜日恒例なのか、臨時のマーケットなのかはわからない。
後で夜食にしようと、蒸かしたさつまいもを買う。
駅に戻る途中、昨日も気になったムスリムレストランに入った。「MALIAM RESTAURANT」。
卵のロティが食べたいと思い、「アオ ロティ カイごにょごにょ」と頑張ろうとしたら、私はマレーシア華人と思われたのか「Roti Telur?」とマレー語で聞かれた。「Minum?(飲み物は?)」「Panas(ホット)?Ais(アイス)?」とその後もマレー語が続く。店内に流れるテレビ番組はタイ語。不思議な感じ。
とりあえずコピ・パナス。
ふと壁のメニューもマレー語併記だったことに気づいた。
ロティトゥロー、何も言わなくてもカレーグレービーつき。
あれー、この感じもマレーシア的?(タイだと、ロティはデフォでカレーがつくものではなく甘いお菓子。)
満足して駅に戻ってきた。シャワーも20バーツで浴びれるとあったけれど、まぁいいかと思ってやめた(面倒だっただけ)。
住み込みわんわんはやっぱり定位置にいた。
電光掲示板なんかない。でもこれを見たって発着ホームは書いてないし、よくわからない。
今夜はスンガイコーロク発フアランポーン行き、Special Express38号を予約していた。昨年暮れだったか今年初めだったかに遂にタイ国鉄でオンライン予約が可能になったので、3月頃この列車を予約していた。タイ国鉄(SRT)の公式サイト から飛ぶ、Thairailwayticket.com(リンク切れ)。
どんな形状の列車かはわからなかったけれど、車両もシート(寝台)も選べたし、私が選んだコーチは女性専用車両と書いてあった。(じゃなきゃ予約しなかったかもしれない。)
うろうろしていたら、駅員さんに3番線だと言われる。
確かにスンガイコーロク発クルンテープ行きと書いてある・・・。
女性専用車両の表示もあるけれど・・・そもそもこの列車、寝台車両ぽくない。
Eチケットを見せたら3号車はもっと前だと言われて行ってみる。
あ、機関車置いてある。
前の方の車両は乗務員の家みたいになっていて洗濯物が干してあったり、食堂車の下拵え会場になっていたりした。
おまけにエンジンがかからなくて黒煙上げながら噴かしてた。
・・・絶対違うだろこれ!
むしろほんとにこれだったらチケット捨てて一泊して明日飛行機で帰ろうと思っていた。車内にいる車掌さんらしき人にEチケットを見せたら、「これはRapid。あなたのはExpress。違う」と言われてほっとする。別の駅員さんに聞き、今度は1番線に戻ってきた。
放送でも、クルンテープ行きのSpecial Expressと言っている。(どこ発かと列車番号は聞き逃したけれど。)
これから十数時間も乗る列車だからと連写機能で入線をばっちりお迎えした。
さすがSpecial Express、女性乗務員さんがお出迎え。
あれ、違うなこれ・・・ヤラー発って書いてある。
この列車もとっとと去って行きました・・・この列車駅内の手書きするパネルに表示あったか?
住み込みわんわんはそのパネルの下で就寝。
そろそろ出発時刻なんだけど・・・次は何がどこに来るのかな?
次の列車がバックで入線してきた。時間的にこれじゃないとおかしいだろーっていう・・・。
寝台車だし、かなり新しい車両!なんと電光掲示板つき!!これに乗りたい!!
でも、これは当分発車しない32号だった。これに乗りたかった・・・。
もう一度駅員さんに聞くと、今度こそ、私の列車は3番線だという。構内放送でも38号もうすぐ到着(でも来ない)のアナウンスが何度か聞かれるようになった。
3番線に来てみると、さっきの「もしこれだったら断固拒否」のボロいRapidがまだいて焦る。でもそれものっそり出発していきました・・・。どこかで追い抜くんだろうね。
しーん・・・。
全然来ないので、2番線にしゃがんで待つ。
タバコのバラ売り。
そして出発予定から30分ほど遅れた18:40頃、遂に待ちに待ったSpecial Express38号がやってきた!
機関車に牽引され・・・。
あっ、ボロい!!隣の32号とえらい違いやんけ!!
ちょっとだけがっかりしながら乗り込んだ・・・。
えーん、ボロいよ(笑)。でも約束通り、女性専用車両。スンガイコーロク始発だけあって、ムスリムの女性が結構いるから、そのためかな。混合車両しかないんじゃ彼女たち、乗れないもんね。
昔マレー鉄道の寝台車に乗った時は、もう最初からベッドになっているタイプの車両だった。もともと座席で、夜に寝台になるタイプは日本でも乗ったことがない。どうやって寝床が作られるのか興味津々。(ピンクのバッグは上段の女性のもの。)
あの中にUpperベッドが入っているんだろうか?
夜行列車でバンコクへ
ハジャイ駅出発。写メ撮りまくりが気になったのか、向かいの席(私の上段)の女性が話し掛けてきた。バンコクに住んでいて、ご主人がスンガイコーロクにいるから時々行っているんだそう。
持っていたお菓子をくれたり優しかったけれど、使ったティッシュなんかを足元に捨てるのは参った。まあ彼女がどうじゃなくてみんな普通にやっていることなんだけども・・・。
しばらくして乗務員さんがやってきて、希望のペアの座席をベッドに変えていった。手際があまりに鮮やかで見惚れちゃった。
家族ペアだとすぐに合意してベッドにできるけれど、私たちみたいに他人同士だとちょっとタイミング難しいなあ。
でも、彼女の方が察してくれたのか、先に寝ましょうかと言ってくれた。
上段を開けると、中に両方のベッドの分の枕やカバー、ブランケットが入っていた。
よくできてるなぁ。
下が出来上がると、上。
ベッドが出来上がり、おやすみなさいとSee you tomorrowを交わして彼女と別れ、自分の寝床に入った。ちょうどBang Kaeoという駅に停車中だった。
「自室」にこもる。
寝心地は・・・二つの座席の隙間がちょうど腰辺りで、沈み込むみたいでイマイチ。あと、列車が揺れる。
全部閉めちゃうのがなんだか心細くて、少しカーテンを開けたままにしていた。
そういえば、乗り慣れている人たちは通路のどこかにカバーに隠れて掃除機用か何かの電源があることを知っていて、軽く争奪戦になっていた。
お姉さんにいただいたおやつと、さっき買ったサツマイモ。思ったより車内販売が来なくてあてが外れた。
しばらくは体を起こして外を眺めながらスマホで遊んでいた。
まだ8時頃だったけれど、寝床はすっかり出来上がり、車内はとても静か。
その頃、Phatthalung駅到着。パッタルン県はソンクラー県の北隣。出発からだいたい1時間半くらい経っていた。
さっきお姉さんが乗務員さんと、朝6時頃にはどうのこうのと話していたので、その頃には起きなきゃいけないかもしれない。だからそう夜更かしもできない。
22時頃、すれ違いなのか追い越しなのか、どこかで寝台車と遭遇。
この駅は分岐点だった。でも今地図を見返してもどこだかわからないや・・・。
どこかの駅、22時半頃。ここで写真の記録はおしまい。おやすみなさい。
■Train:Special Express38