あの日、海の向こうで

いにしえのスタイルで1日分を1ページに押し込んだ海外旅日記と過去の現地採用日記。長文・画像大量。

ホテルを後にし、クレット島(Ko Kret)へ

※店舗・価格等の情報は訪問当時のものですのでご注意下さい。

2015年12月13日(日)

昨晩は某さんとNちゃんは遅くまで語らっていたようだがKさんと私は早々にダウンした。

二日酔いでつらい朝。

でもホテルの敷地内は散策する人もなく静謐だった。

20バーツの鯉の餌。タンブン(徳を積む)を尊しとするタイではよく見られるもの。

ここがコモンプール。

そしてチャオプラヤ川に出た。

小さなボートが何か巨大なバージ?を2艘も引っ張っていった。

2020.08.10追記 -------------------------------------✈

この時はまだ知らなかった、チャオプラヤ川名風景の砂や砂糖を運ぶ艀。船員は家族で乗り込み、この船の上で生活しているという。こんな記事もあった。

参考記事

www.latimes.com

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チャオプラヤ川の砂運び船

対岸にはカンポンアイル・・・とは言わないんだな。水上集落が。

タイ語ではなんというんだろう。バーンナム(水)?バーンルア(船)?違うか・・・。

ホテルの敷地内には何か要塞のようなものがあったがホテルのデザインだろうか。

また巨大な船。いろいろな物を運ぶ母なる川チャオプラヤ。

チャオプラヤ川

みんなで朝食ブッフェへ。

サラダ。

ローカルフードも結構あった。

お粥トッピングセットが嬉しい。

4つの調味料ももちろん。

こんな郊外のホテルでも、オリジナルの水ボトルには日本語が。

食後みんなで二度寝してしまった。

ギリギリにチェックアウトし、おそらくPak Kretという街を抜けて川沿いへ。

大きなお寺の境内の向こうがピアだった。

2バーツの渡し舟でほんの数十秒、Ko Kret(クレット島)という島に渡る。

こちら側にも大きなお寺が構えていて、門前町のようにマーケットが続いていた。

島というよりは、蛇行部分に直線水路が走った結果できた中州。昔地理で習った三日月湖の形成過程みたいな。

ソムタムの石臼のようなものが30バーツだったり、麦わら帽子が20バーツだったり、品物が安い!

縁起モノらしい。

島内でよく見かけた揚げ物。TEMPURAと書いてあるお店もあった。

大きな木が祀られていた。

タイ語の先生が、ここは昔はビルマ人が住んでいたと言っていた。

タイ紅茶が煮だされる。

ちょっとキレイ目なヌードル屋に入った。

私以外の日本人2人はガチローカルな屋台は苦手だ。

トムヤムヌードルだったけれど、いつもの赤くて甘辛酸っぱいのとは違う。でも凄く美味しい。

ポークボール。余計な注文をしてしまった。いつも自分の行動は裏目に出る。

犬も多い。

水草がいっぱい。そういえば水草は朝遡上していたが午後になったらちゃんと上流から下流に流れていた。

このプー(カニ)の入ったソムタムは100%お腹を壊すとKさん談。

Kさんに、日本人はお腹を壊すから絶対に食べてはいけないと言われたカニのソムタム。

島内でよく売られている茶色い素焼きの器の窯元的な建物があった。ろくろ体験をしている人もいた。

窯にお供えされているのも日本に近いものがある。

精霊へのお供え物

散策を終えて対岸へ戻った。

バンコクへ帰る。

途中不思議なコンド群が。なんというところか、湖の岸辺だった。

2020.08.10追記 -------------------------------------✈

今衛星写真で見てもわからないけれど、ドンムアンへ着陸する飛行機からもよく見えていたものだった。

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楽しい週末をありがとうございました。

Kさんに車をお借りして、わんわんを迎えに行く。

そして、ロイヤルバンコクスポーツクラブで行われた校友会のクリスマスパーティーに遅刻して行った。

初めて参加したので知っている人は誰もいない。もう若くないんだし、週末は一日に予定を複数入れてはいけないと思った。なんといっても時間通りになんかコトは運ばないし。

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