2013年6月8日(土)
カメラ片手にKeong Saik Rd辺りをぶらぶらし、チャイナタウンまで歩いた。

インドハッカは物知り顔。





初めてピナクルと出会ったのがこの通り。思い入れが深い。

Keong Saik Rdの終わりに、Sri Layan Sithi Vinayagar Temple。


牛車水大廈(チャイナタウンコンプレックス)へ裏から入る。
古いミシンに感動。

縁起物。



チャイナタウンコンプレックス(牛車水大厦)。

チャイナタウンコンプレックス前ではいつもUnkerたちがたむろしている。(Unkerはシングリッシュの「Uncle」。)

チャイナタウンコンプレックスのホーカーで肉骨茶。

チャイナタウンのたたずまいに心惹かれつつ、一旦帰宅。


2023.08.06追記 -------------------------------------✈
タイヒンドゥー由来であろう「四面沸」、これについては検索するとずいぶん面白い話が読める。台湾では流行りでもあるとか。
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約束があってセラングーンへ。NEXのヤクンで少し時間潰し。この頃はまだダンボーの写真を撮ろうとしていた。(その後続かなかった。)

インドネシア人Iちゃんの同僚夫婦がセラングーンにHDBを購入したとのことで、House Warming Partyに私も連れて行ってもらった。
インドネシア華人PR(永住権所有者)のコミュニティといった感じだった。シンガポール人にも勝る学歴と努力を重ねてシンガポールで暮らしている彼ら。

ケータリングでいろんなごちそうが振る舞われていた。

ママレモン!海外で再会するとは。

HDBエステートの雰囲気。


みんなで行列のできるタイ料理屋へ行った。

「NAKHON KITCHEN」、今地図を見るとKovan駅の近くだったみたいだ。(確かバスで行った。)



帰宅し、人懐っこいタンジョンパガープラザ猫と遊ぶ。



2020.07.12追記 -------------------------------------✈
ビザやPRに関する事情は業務で日々目の当たりにしていた。インドネシア、マレーシア、中国・・・これらの国から、優秀な学歴を有ししかも人種的に「Chinese」である人たちの、シンガポール永住へのハードルは本当に低かった。
2013年当時EP取得下限は月収3,000ドルだったが、マレーシア華人では3,000ドルを下回ってもEPが下りていた例があった。(シンガポールの就労ビザはセルフアセスメントのページで事前に自分の年齢や月収がビザにPASSできるか確認ができる。)
一方で就労ビザには種類があった。メイドや建設作業員などの業種のWork Permitは本当に厳しくて、日本人には出ない種類の就労許可だった。移民国家のさまざまな顔、超学歴社会の光と影、一般的なシンガポーリアンの外国人に対する心の奥底の感情・・・勉強になりましたね。
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